「たられば」は言ってはいけない?

「こうしていれば…」
「あそこで別の行動をしていたら…」
「過去に戻れればいいのに…」

私は子供の頃、

「たられば」はいかん!

と父親から教えられてきました。

起きたことが全てなんだと。
過去のことで「たら」とか「れば」を使うのは良くないことだ。

過去に戻れるわけではないし、といったニュアンスだったかと思います。

しかし今になって思うのは、

「本当にそうかな?」

ということです。

今日は、「たられば」についての考えを整理をしてみたいと思います。

※もう少しスタミナがあれば勝てたかも

Contents

なぜ「たられば」はいけないのか?

まず、なぜ「たられば」が良くないかを考えてみたいと思います。

よくないと言われる理由としては、

  • 過去は変えることができない
  • 考えても無駄
  • 「たられば」を考えるなら、次の行動を考えろ

このようなことが、

「たられば」は良くないという思想

に隠れているのではないかと思うのです。

確かに、この視点は合っている面もあると思います。

過去は変えられないですし、
想像したところで現実が変わるわけではありません。

私にも「たられば」はたくさんあります。
高校のアメフトの試合での失敗がその一つです。

普段は絶対にしないような失敗。
一歩、左に動いたがために、
負けを決定づけるようなミスをした記憶が、
今でも蘇ってきます。

確かに、
「こうしてれば」と考えても、
その試合の結果が変わるわけではありません。

しかし、

全く想像しなくていいか?
考えなくていいか?

というと、
そういったわけではないとも思うのです。

良い「たられば」もある

ではどう考えるべきなのか。
「たられば」の活かし方を考えてみたいと思います。

確かに、

  • 後悔するだけ
  • 感傷に浸るだけ

で、「たられば」を考えていても意味はないと私も思います。

  • あの時こうしていれば、
  • こう言っていれば、
  • こう行動していれば、

それだけを考えても良くないなと思うのです。

一方で、

  • こうしていれば良かった
  • 次の行動は変えていこう

と思考と行動を切り替えていけるのであれば、
「たられば」にも意味があるのではないかと思うのです。

何か失敗をしてしまったのであれば、
それを次の行動に活かす場合のチェックリストを使って
次はミスをしないようにする。

同じ行動を繰り返さないために、日々の行動を見直す。

そのようなきっかけになり得るものが、
「たられば」とも思うのです。

このように、

「幼少期から刷り込まれてきた考え」

というものは、
誰しもあると思います。

もちろん私の父親は、
私のために授けてくれた言葉だと思っています。
何かマイナスの面の影響を与えたいということは、一切なかったと受け取っています。

しかし、

「受け取る側が、良い意味で受け取ってくれるか?」

という点は、慎重に考えたいものです。

私自身も、
自分の子供に言葉を伝える時に、
それが縛りになっていないか?ということは
よくよく考えてみたいと思うわけです。

基本は前を向く

ここまで書いてきた「たられば」の良い面、悪い面の両面を考えてきました。

その大切なポイントは、一言で言えば、

受動的か、能動的か?

の1点に尽きると思います。

受け取った言葉をそのまま、
受動的に解していては、
良い方向には行かないのではないかなと。

能動的に、前向きに活かしていこう。

という気持ちがあれば、
「たられば」であっても、行動の改善につなげていけるのではないでしょうか。

今回は「たられば」を例にあげてみましたが、
こういった幼少期の思い込みというのは、
多くあると思います。

  • 両親からの言葉
  • 学校での教育
  • 世間で一般的に言われていること

本当にそうかな?

といった疑問は、
常に持つようにしておきたいものです。

誰かの意見ではなく、
自分の考えを伝えられるように、
日々、思考を整理していきたいと思うのです。

では、今日はこんなところで。

また次回。

編集後記

◇日記
 昨日は長男の空手大会で栃木まで遠征。
 残念ながら負けてしまいました。
 しかし、悔しさの表情がいままでとは一味違うように感じられ、
 「真剣に取り組んでいるのだな」と思いました。

◇ブログネタ経緯
 大会の帰路で自分の負け試合とたらればの話を思い出しメモ。

◇1日1新
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