日々、忙しく過ごしていると「味わう」ということが少なくなりがちです。
食事に加え、本や音楽、景色なども、
気づけば「触れただけ」で終わっていることがあります。

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味わうとは
味わうといえば「食事」。
ただ、「味わう」という表現は、食事だけではありません。
- 人の話を味わう
- 文章を味わう
- 景色を味わう
- 身体感覚を味わう
- 音楽を味わう
こんなところにも「味わい」はあるものです。
そして、「じっくりと味わうからこそ得られるものもある」のではないかと思うのです。
味わえない理由
食事を味わえない状況を想像してみます。
- 仕事に追われていて、時間がない
- スマホなどを見ながら片手間で食べる
- 次の予定を気にしながら食べる
こんな状況が考えられそうかなと。
では食事以外で考えると、たとえば「文章」。
本をじっくり読む機会が減っているとも言われますが、
文章を味わえないこともあります。
もちろん文章側に問題があることもあるのでしょうが、
読み手側の状況によることも。
- 結論だけ知りたい
- じっくり読む時間なんてない
- 斜め読みだけする
みたいな感じ。
目的次第で、私自身もこういった読み方をすることがあります。
ただ、これだけだと味気ないよなぁとも。
意識して「サッと触れる」と捉えるのはOK、
無意識に「味わえない」のはNG。
そんな風に考えています。
サッと触れるか、じっくり味わうか
上記のとおり「目的」が大切だよなぁ、と思います。
- 情報収集なのか
- 感覚を磨きたいのか
- 著者の考えに触れたいのか
- 作品に没頭したいのか
情報収集だけだと、あまりに味気ないと感じるもの。
惹かれるものがあれば、じっくり向き合ってみるのもいいかなと思うのです。
まとめ
最近、いろいろなものにサッと触れることが増えていたので、少し考えを整理してみました。
何か参考になれば幸いです。
では、また次回。
編集後記
◇日記
昨日はオフ。午前中は公園へ。いきなりボールをなくすハプニングが…。
途中で雨も降ってきて早めに退散。
午後は空手の強化練習会に送迎など。
新Kindle本、もう少しで出せそうです。
◇ブログネタ経緯
ネタ帳から。
◇1日1新
ことわざの論理(外山滋比古さん)