無邪気になるには、ひとりの時間

子どもと過ごしていると、「無邪気だなぁ」と感じることが多いです。

大人になっても無邪気でいる時間を持ちたいと考えています。

無邪気にシャボン玉を追いかける
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そもそも邪気とは何か

無邪気とは、「邪気が無い」ということ。
当たり前ですけど。

では、邪気とは何か。

辞書的には、

  • 悪意
  • よこしまな心

といった意味があります。

つまり、「悪意がなく、よこしまなことも思っていない状態」が無邪気と言えるかなと。

よりシンプルにするなら「素直でいること」だと思っています。

  • 損得で判断しない
  • 自分の好奇心を大切にする

こんなイメージかなと。

なぜ、無邪気な時間も必要か

無邪気でいる時間って、大切だと思っています。

なぜなら、無邪気でいる時間がないと、楽しくなくなるからです。
(私の場合)

美しくないと感じること|損得だけで考えていないか?

無邪気でいる時間をつくる

無邪気のネガティブな意味合いとして、
「悪気はないけど、思慮や配慮に欠ける態度」というものもあります。

 無邪気に相手を傷つける

みたいなこともあります。

大人になると、ずっと無邪気でいられるわけでもないし、そうすべきとも思いません。

ただ、無邪気になれる時間を少しだけでも持てるといいかなと。


私の場合、無邪気になるためには「ひとりの時間」がポイントだと思っています。

人の目(家族であっても)があると、
どうしても無邪気になり切れないときってありますから。

1日にどのくらい「ひとりで過ごせる時間」があるでしょうか?
これが1つのチェックポイントになると思います。

まとめ

大人もたまには無邪気に遊ぼうぜ、という話でした。

では、また次回。

編集後記

◇日記
 昨日は8月決算・申告の続き。
 税務記事執筆のご依頼のやり取りなども。

◇ブログネタ経緯
 写真から浮かんだネタを採用。

◇1日1新
 Google Workspace
 ランニング新ルート

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